大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)457号 判決

原告

綾井健

原告

綾井史子

原告

綾井由宇子

原告

綾井美小子

右由宇子・美小子両名法定代理人親権者

綾井健

綾井史子

原告ら訴訟代理人弁護士

松浦基之

佐藤和利

森田太三

右訴訟復代理人弁護士

山﨑泉

被告

神奈川県

右代表者知事

長洲一二

右訴訟代理人弁護士

福田恒二

右指定代理人

川本義仁

外六名

被告

川崎市

右代表者市長

伊藤三郎

右訴訟代理人弁護士

堀家嘉郎

右訴訟復代理人弁護士

石津廣司

松崎勝

右指定代理人

仲川新二

被告

小田急電鉄株式会社

右代表者代表取締役

利光達三

右訴訟代理人弁護士

花岡隆治

向井孝次

沢田訓秀

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告らは、各自、

(一) 原告綾井健及び綾井史子に対しては各金六九四万三三〇四円、

(二) 原告綾井由宇子及び綾井美小子に対しては各金三〇〇万円

に、それぞれ昭和五五年三月一四日から完済まで年五分の割合による金員を付して支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告らの一に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  当事者

(一) 原告綾井健(以下「原告健」という。)は後記事故により死亡した綾井厳(昭和四六年六月二二日生、以下「厳」という。)の父、同綾井史子(以下「原告史子」という。)は母、同綾井由宇子(以下「原告由宇子」という。)は姉、同綾井美小子(以下「原告美小子」という。)は妹である。

(二) 被告神奈川県(以下「被告県」という。)は、道路交通法(以下「道交法」という。)四条一項に基づき、後記事故の発生した神奈川県川崎市麻生区万福寺五一〇番地先の地方道四号(東京都世田谷区三軒茶屋から神奈川県川崎市麻生区内を通過して東京都町田市に至る通称世田谷町田線、以下右道路が神奈川県川崎市麻生区内を通過する部分を「本件道路」といい、右事故発生場所を「本件現場」という。)上にある横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)を設置・管理するものである。

(三) 被告川崎市(以下「被告市」という。)は、昭和四七年四月一日政令指定都市の移行に伴い、道路法一七条一項後段に基づき、同市区域内に存する県道である本件道路を管理するものである。

(四) 被告小田急電鉄株式会社(以下「被告小田急」という。)は、小田急線百合ケ丘駅・新百合ケ丘駅間の本件現場付近の軌道敷の上部に南北方向にかかっている跨線橋(以下「本件跨線橋」という。)を設置・保存するものである。

2  事故の発生

厳は、昭和五四年七月一〇日午後五時五〇分ころ、本件跨線橋を南から北に渡って、その北端が接する本件道路上の信号機のない横断歩道を南から北に横断中、右道路を東(小田急線百合ケ丘駅方面)から西(同線新百合ケ丘駅方面)に向けて進行してきた石井靖代(以下「石井」という。)運転の自家用普通乗用自動車(以下「加害車」という。)に衝突されて内臓破裂の傷害を受け、同日午後七時五五分に死亡した。

3  被告らの責任原因

(一) 本件現場付近の状況

本件道路は、片側一車線、車道幅員7.8メートルの県道であるが、都心と町田市を結んで並行する国道二四六号線の渋滞が激しいため、幹線道路として大型車が極めて頻繁に通行する道路である。本件現場付近では、小田急線の軌道が東西に走り、そのすぐ北側を本件道路が東から西に向かって左に緩やかにカーブしながら下り勾配で走っており、右軌道敷と本件道路との間は急勾配の斜面になっていて本件道路が高いところ、本件跨線橋は、右斜面の上に足を落とす形で位置し、続けて設置された踊り場で本件道路につながっている。付近地域は、本件道路と鉄道軌道とによって完全に南北に分断されているうえ、本件道路南側路肩部分は、前記斜面の上縁に沿ってガードレールが設置され、その北側に幅の狭い路側帯はあるものの歩道がないので、前記交通量からして右部分を通行することは困難であるため、南北の移動には、本件跨線橋および本件横断歩道を利用しなければならないのである。また、道路北側部分は人家が散在する程度で、約四〇〇メートル東方にある百合ケ丘駅入口付近や、約六〇〇メートル西方にある新百合ケ丘駅付近と比べると、人通りも少ない中間点であるため、本件現場付近では、車両は渋滞することなく流れ、最高時速四〇キロメートルの規制があるのに、時速五〇ないし六〇キロメートルで走行する車両が多くなっている。しかも、本件道路は、本件現場付近では、前叙のとおりカーブしているので、本件跨線橋や横断歩道に対する見通しが悪いのである。以上の結果、本件現場付近での交通事故が多発している。

(二) 被告県の責任原因(国家賠償法二条一項)

本件横断歩道は、(一)記載のとおりの状態であるため、歩行者が安全に横断できない危険が存在し、安全性を欠如していたものであるが、被告県としては、

(1) 道交法四条によって信号機を設置するか、

(2) 同法八二条・八三条によって本件跨線橋の閉鎖を命ずるなど危険防止の措置をとるか、

すれば、本件事故を回避できたのである。

したがって、本件横断歩道の設置・管理に瑕疵があったことは明らかであり、その結果本件事故の発生をみるに至ったものであるから、被告県は、国家賠償法二条一項に基づき、右事故より生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告市の責任原因(国家賠償法二条一項)

本件横断歩道には、(二)記載のとおり歩行者が安全に横断できない危険が存在し、安全性を欠如していたものであるが、被告市は、右横断歩道の存する本件道路の管理者として、

(1) 被告小田急から、昭和四四年一月一三日付けで跨線橋設置の協議を受けた際、本件のように跨線橋の利用者が危険な道路横断をせざるをえない場所を避けて設置するように指導するか、あるいは、被告小田急に許可または承認を与えて(後記(四)(1)参照)本件跨線橋を本件道路の北側まで延長して設置するように指導するか、

(2) 自ら本件跨線橋の北側に歩道橋を接続させて設置するか、

(3) 被告県に働きかけて、信号機設置または跨線橋閉鎖(前記(二)(1)(2)参照)を実現するか、

すれば、本件事故を回避できたのである。

したがって、本件道路の管理に瑕疵があったことは明らかであり、その結果本件事故の発生をみるに至ったものであるから、被告市は、国家賠償法二条一項に基づき、右事故より生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(四) 被告小田急の責任原因(民法七一七条一項)

土地の工作物である本件跨線橋は、その利用者が(二)記載のとおり危険な道路横断をせざるをえない位置に設置されたものであるが、被告小田急は、右工作物の所有者・占有者として、

(1) 道路管理者である被告市の承認(道路法二四条)または許可(同法三二条)をえて、自らの費用で、本件跨線橋に接続して本件道路を北側へ渡る歩道橋を設置するか、

(2) 被告県に働きかけて、本件横断歩道に信号機の設置を実現するか(前記(二)(1)参照)、

右いずれかの措置がとられるまで跨線橋を閉鎖すれば、本件事故を回避できたのである。

したがって、本件跨線橋の設置・保存に瑕疵があったことは明らかであり、その結果本件事故の発生をみるに至ったものであるから、被告小田急は、民法七一七条一項に基づき、右事故より生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 厳の損害

(1) 厳の逸失利益

厳は、事故当時満八歳の健康な男子であり、両親が共に早稲田大学に学び社会的にも中流階級に属することから、将来大学を卒業することが予測され、本件事故で死亡しなければ二二歳から四五年間は就労可能であった。昭和五三年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計大学卒男子労働者の全年齢平均年収額は三六九万五三〇〇円であるが、所得上昇が年平均五パーセントあるものとすると、口頭弁論終結時を昭和五九年とした場合の大学卒男子労働者の全年齢平均年収額は四九五万二〇五五円となるところ、前記就労可能期間中三九年間は少なくとも右金額に相当する収入を得ることができたはずであり、また、同人の生活費は収入の五割で、二二歳に至るまでの中間利息は年平均五パーセントの所得上昇を考慮して控除しないこととし、ライプニッツ方式により年五パーセントの中間利息を控除して厳の死亡による逸失利益の昭和五九年における現価を計算すると(円未満四捨五入する。以下同じ。)、五一五二万八〇九二円となる。

3695300×1.058×(1−0.5)×18.876=51,528,092

(2) 慰謝料

本件事故により生命を奪われるにいたった厳の精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては、一〇〇〇万円が相当である。

(3) 原告健及び同史子による相続

右原告らは、厳の右(1)(2)の損害賠償債権(合計六一五二万八〇九二円)を各二分の一宛相続により承継した。

(二) 原告らの固有の損害

(1) 医療費・検案費

原告健及び同史子は、本件事故による厳の医療費・検案費として各一一万二四七五円を支出した。

(2) 葬祭費

原告健及び同史子は、次のとおり厳の葬儀を執り行い、各一三七万四四一円を支出した。

葬儀料 四〇万二八八三円

仏壇・仏具代 五万円

墓地代 二二八万八〇〇〇円

(3) 慰謝料

厳の死亡によって原告らの受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては、各三〇〇万円が相当である。

なお、仮に慰謝料請求権の相続が否定された場合には、原告健及び同史子の固有の慰謝料額は、各八〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告健及び同史子は、本訴を提起するにあたり原告ら訴訟代理人弁護士に訴訟追行を委任し、次のとおり支払い、または支払義務を負担して、各八一万円の損害を受けた。

着手金 六〇万円

報酬 八〇万円

調査費用 七万円

雑費 一五万円

(四) 損害の填補

原告健及び同史子は、石井との示談により二五九〇万円受領し、これを各二分の一宛右原告らの損害に充当した。

5  結論

よって、被告ら各自に対して、原告健及び同史子は右損害金のうち各六九四万三三〇四円、原告由宇子及び同美小子は各三〇〇万円に、それぞれ不法行為ののち(被告らへの訴状送達の日の翌日)である昭和五五年三月一四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うことを求める。

二  被告県の一に対する認否

1  請求原因1、2の事実は、認める。

2  同3(一)の事実のうち、本件道路は、車道幅員が7.8メートルあり、大型車が極めて頻繁に通行する道路であること、本件現場付近で事故が多発していることは否認し、その余の事実は認める。本件道路の車道幅員は、7.7メートルである。

同(二)は、否認ないし争う。

3  同4(一)ないし(三)の事実は、知らない。同(四)の事実は、認める。

三  被告市の一に対する認否

1  請求原因1、2の事実は、認める。

2  同3(一)の事実のうち、本件道路の車道幅員が7.8メートルであることは否認し、本件現場付近では、車両は時速五〇ないし六〇キロメートルで走行する場合が多いこと、本件現場付近で事故が多発していることは知らず、その余の事実は認める。本件道路の車道幅員は、7.7メートルである。

同(三)は、否認ないし争う。

3  同4(一)ないし(三)の事実は、知らない。同(四)の事実は、認める。

三  被告小田急の一に対する認否

1  請求原因1、2の事実は、認める。

2  同3(一)の事実のうち、本件道路は、都心と町田市を結んで並行する国道二四六号線の渋滞が激しいため、幹線道路として大型車が極めて頻繁に通行する道路であること、本件現場付近では車両は渋滞することなく流れること、本件現場付近で事故が多発していることは知らず、本件道路の車道幅員が7.8メートルであること、付近地域は本件道路と鉄道軌道とによって「完全に」南北に分断されていることは否認し、その余の事実は認める。本件道路の車道幅員は、7.7メートルである。

同(四)は、否認ないし争う。

3  同4(一)ないし(三)の事実は、知らない。同(四)の事実は、認める。

五  被告県・被告小田急の主張

1(一)  交通事故の発生に関し、信号機の不存在が道路の設置・管理の瑕疵に該当するか否か、あるいは交通事故と信号機の不存在との間に相当因果関係が存するか否かについては、当該車両運転者の過失が皆無もしくは極めて軽微であるにもかかわらず、当該事故が発生し、その原因が主として信号機の不存在に帰せられるべき交通事情にあったか否か、あるいは、当該事故発生当時の状況に照らして、当該運転者に対し、通常期待しうる限度を越えた過大な注意義務を要求しなければ当該事故の発生を防止できない状況にあり、当該事故の発生を防止するには、信号機を設置して他律的に規制しなければ交通の安全を期しがたいような交通事情にあったか否かを基礎として、当該事故の状況を具体的、個別的に判断して、決すべきものである。

(二)  そこで、本件事故の発生状況についてみると、後記のとおり、加害者の運転者である石井の過失が極めて大きかった一方、本件道路は、横断歩道に信号機を設置し他律的に規制しなければ、石井に対し通常期待しうる限度を越えた過大な注意義務を要求することになって交通の安全を期しがたい、というような交通事情ではなかったといえるので、信号機の不存在は本件横断歩道を含む道路の設置・管理の瑕疵には該当せず、かつ、信号機の不存在と本件事故との間には相当因果関係を欠くものといわざるをえず、この存在を前提とする被告小田急の責任も存在しない。

すなわち、本件道路では、百合ケ丘駅方向から新百合ケ丘駅方向に向かう場合、約一五〇メートル手前の位置から本件跨線橋の存在及び状況を見通すことができる。また、本件横断歩道の約五一メートル手前の道路上にあるダイヤマーク(近くに横断歩道があることを示す標示)を、その約一一八メートル手前の位置から確認でき(つまり、横断歩道の約一六九メートル手前の位置から横断歩道の存在を認識することができる。)、本件横断歩道の約一三〇メートル手前の位置から横断歩道の存在を示す道路標識を確認することができるばかりか、約八五メートル手前の位置からは、横断歩道の道路表示そのものをも確認することができ、さらに三〇メートル手前の位置にあるダイヤマークに達すると、左側踊り場及び右側歩道端の人物を確認することができるなど、本件現場付近の見通しは非常に良いものである。しかも、石井は、本件事故の約二か月前から、毎週二回本件道路を往復し、本件跨線橋の設置された場所に横断歩道が存在することも熟知していたのである。

さらに、車両運転者は、横断歩道に接近する場合には、当該横断歩道を通過する際、当該横断歩道でその進路前方を横断しようとする歩行者のないことが明らかな場合を除いて、当該横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行し、実際に進路前方を横断し、または横断しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その進行を妨げてはならない注意義務がある(道交法三八条一項)ところ、本件事故において、石井は、加害車を運転して本件道路を時速約四五キロメートル(規定速度は、最高時速四〇キロメートル)で進行中、約52.8メートル先の本件跨線橋のほぼ中腹を駆け降りてくる厳及びその連れの児童を発見したにもかかわらず、約一七メートル進行した地点で軽くブレーキを踏み、時速約三〇ないし三五キロメートルに減速したのみで漫然と進行したため、本件跨線橋を駆け降り、そのまま本件横断歩道に飛び出してきた厳にブレーキを踏むことなくあるいはアクセルとブレーキを踏みまちがえて自車を衝突させたものである。本件事故発生当時、石井の先行車はなく、対向車線もすいていたのであるから、石井が本件横断歩道に接近するに際し、横断歩道の直前で一時停止するための措置を直ちに取りうる速度及び方法で進行したならば、本件横断歩道の直前で一時停止することが確実に可能であり、本件事故は発生しなかったものということができる。

2  また、道交法四条の規定は、信号機の設置義務を定めたものではなく、努力目標ないし努力義務を定めたものにすぎないから、被告県が本件横断歩道に信号機を設置しなかったからといって、直ちに道路の設置・管理に瑕疵があったということはできない。元来、道路及びその施設は、社会生活上の施設の一つにすぎないから相対的安全性が確保されていれば足りるところ、本件においては、横断歩道の歩行者が極めて少ないうえ、右横断歩道の前方及び彼方に設置されている信号機のため生じた車両走行の切れ目を利用して、歩行者が安全に横断することは十分可能であったので、信号機設置の必要性も緊急性もなかったものである。

3  道交法八二条・八三条にいう工作物とは、その存在自体が直接的に道路における交通の危険を生じさせ、または交通の妨害のおそれのあるものを指すと解すべきであり、本件跨線橋がそれに該当しないことは明らかであるから、被告県には、同条に基づく措置をとる義務はない。また、被告県に、本件跨線橋を閉鎖する権限のないことはいうまでもない。

六  被告市・被告小田急の主張

1  被告市において、道路法一七条一項に基づき歩道橋を設置すること、また、道路管理者以外の者でも、道路管理者の承認(道路法二四条)または許可(同法三二条)を得て歩道橋を設置することは法的には可能である。

2  しかしながら、歩道橋設置の不作為が違法となるには、車両運転者・横断歩行者などの道路利用者においてそれぞれのなすべき注意を怠らなかったとしても、なお事故発生が不可避あるいは事故発生の防止が困難であったという状況が存在するほか、具体的事情のもとで、歩道橋設置を期待することが可能であったこと、を要する。

そして、右の要件が存する場合でも、当該営造物をめぐる諸般の事情から判断された一定のあるべき管理水準と比較し、当該営造物の具体的管理内容が右の水準を下回っているときに、はじめて瑕疵として肯定されるものである。

3  本件において、現場付近の道路状況及び石井の運転状況は、五1(二)に記載のとおりであるほか、横断歩行者の側からみても、左側踊り場から子供の高さでも走行車両を十分確認することができたのであり、車両運転者・横断歩行者のいずれか一方が常識的な注意を怠らなかったとしたら、事故発生の危険性は存しなかったのである。加えるに、本件横断歩道では歩行者が極めて少なく、歩道橋の設置は一般公共の利害に反するものであり、歩道橋の設置を期待するのが可能な状況であったということはできないのであるから、歩道橋の設置が本件横断歩道付近でのあるべき管理水準をはるかに越えるものであったことが明らかである。

したがって、被告市による本件道路の管理に瑕疵はなかったし、歩道橋の不存在と本件事故との間には相当因果関係を欠くものであり、これを前提とする被告小田急の責任も存在しない。

4  さらに、信号機については、被告県が独自の判断で設置の必要性を認めなかったのであるから、被告市が被告県に働きかけなかったことと信号機未設置との間に相当因果関係はない。

七  被告らの抗弁(過失相殺)

厳は、本件跨線橋の階段を駆け降りるや、当時交通が閑散で本件横断歩道を急いで渡らねばならない必要性もないのに、立ち止まることすらしないで、駆け足で本件道路の横断を開始し、加害車の直前に飛び出した。

八  原告らの五・六に対する認否及び反論

本件跨線橋の存在及び状況がその約一五〇メートル手前の位置から見通すことができること、本件横断歩道の約五一メートル手前にあるダイヤマークを、その約一一八メートル手前の位置から確認できることは否認する。

三〇メートル手前の位置にあるダイヤマークに達すると、左側踊り場及び右側歩道橋の人物を確認することができること、車両運転者に被告ら主張のような注意義務が一般的に存すること及び石井の運転状況については認める。

本件道路の設置・管理の瑕疵は、歩行者の立場から、その交通の安全が確保されているか否かの観点により判断すべきものである。

本件道路の南側路肩部分は雑草が高く生い茂り、夕方には逆光も加わって、横断しようとする児童を隠してしまい、見通し状況は極めて悪い。

九  原告らの七に対する認否

否認する。厳は、踊り場を通常の速度で歩いたものである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)、2(事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二被告らの責任について

1  請求原因3(一)(本件現場付近の状況)につき、判断する。

(一)  本件道路は、片側一車線であるが、本件現場付近では、東西に走る小田急線の軌道のすぐ北側を並行して東から西に向かい左に緩やかにカーブしながら下り勾配で走っており、右軌道敷と本件道路との間は急勾配の斜面になっていて、本件道路が高いこと、本件跨線橋は、右斜面の上に足を落とす形で位置し、続けて設置された踊り場で本件道路につながっていること、右道路南側路肩部分には、前記斜面の上縁に沿ってガードレールが設置され、その北側に幅の狭い路側帯はあるものの歩道がないので、右部分を通行することは危険な状況であって困難であるため、本件跨線橋の通行者は、必ずといってよいほど本件横断歩道を利用することになること、右道路北側部分は人家が散在する程度で、約四〇〇メートル東方にある百合ケ丘駅入口付近や、約六〇〇メートル西方にある新百合ケ丘駅入口付近と比べると歩行者も少ないことは、当事者間に争いがなく、都心と町田市を結んで並行する国道二四六号線の渋滞が激しいこと、本件現場付近では、車両は渋滞することなく流れ、時速五〇ないし六〇キロメートルで走行する場合も多くなっていること、付近地域は、本件道路と鉄道軌道とによって分断されていることは、被告県との間で争いがなく、都心と町田市を結んで並行する国道二四六号線の渋滞が激しいため、本件道路は、幹線道路として大型車が極めて頻繁に通行する道路であること、本件現場付近では、車両は渋滞することなく流れること、付近地域は、本件道路と鉄道軌道とによって南北に分断されていることは、被告市との間で争いがない。

(二)  〈証拠〉によれば、本件道路の幅員は、北側ガードレールから南側ガードレール内側の路側帯(車道外側線)まで、本件横断歩道東側付近では約7.3メートル、西側付近では約7.7メートルであること、都心と町田市とを結ぶ道路として、本件道路の外に国道二四六号線が存在するが、右国道は、渋滞が著しく、本件道路は、幹線道路として大型車が頻繁に通行する道路であること、百合ケ丘駅と新百合ケ丘駅間の地域は、本件道路と鉄道軌道とによって南北に分断されていること、本件現場付近の制限最高速度は、時速四〇キロメートルであるが、右現場付近において、車両は渋滞することなく流れ、事故後の昭和五四年一〇月二〇日時点の調査では、下り車線(百合ケ丘駅から新百合ケ丘駅の方向)の平均時速は51.8キロメートル、上り車線の平均時速は38.4キロメートルであること、本件跨線橋設置後である昭和五三年七月一六日から本件事故前の同五四年四月二五日までの九か月間に、本件現場付近において、負傷を伴う歩行者と車両間、車両同士間の接触事故は、別表番号1ないし4に記載のごとく四件も発生し、本件事故直後にも、負傷を伴う車両同士の接触事故が別表番号6記載のごとく一件発生していることが認められ、外にこれに反する証拠はない。

2  その外の前提となる事実関係

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は、たやすく採用できない。

(一)  本件現場付近は、北側から伸びる多摩丘陵の先端部分で、丘陵は中央尾根で東西に分かれ、これをつなぐ道の一つが北側の万福寺を通る峠越えの道であり、小田急線はこれに沿って峠を更に堀り込んで切り通しにして敷設された。右峠越えの道は、本件現場より東側の百合ケ丘小学校北側付近を最高地点として、本件現場付近では約一〇〇分の五の傾斜角度で下り坂となっている。鉄道軌道敷の南側は台地状に小高く、住宅が連なり、小学校や商店が存在し、北側は山林状になっていて子供たちが虫採りなどをする遊び場になっており、道路沿いには建物が散在している。

(二)  被告小田急は、小田急多摩線の新百合ケ丘駅の新設に伴い、その軌道敷を変更し、従来からあった百合ケ丘一号踏切道を廃止して、その約九六メートル東側に跨線人道橋を設置する計画を立て、被告市に対し、昭和四四年一月一三日付の「新百合ケ丘、黒川間地方鉄道(多摩線)敷設に伴う設計協議について」と題する文書(関係図面添付)をもって、被告市所管の道路及び水路について協議を申し入れたところ、同四五年八月五日付で、被告市より、付替位置については地元と十分協議することという但し書付で協議図面どおりの道路付替を了承する等の回答を得たので、被告小田急は、昭和四八年一一月ころ本件跨線橋を設置した。

(三)  当時、本件横断歩道は未設置であり、右跨線橋の利用者が本件道路を横断するには、手を上げて自動車に合図して止まってくれるのを待つか、車両の流れの途切れを待つかしなければならなかったが、朝夕のラッシュ時にはほとんど止まってくれなかったため、通勤、通学、買物等に右跨線橋を利用している付近住民一二〇名から、昭和四九年六月五日付で、川崎市議会議長宛に「万福寺内既設横断歩道陸橋延長または信号機設置に関する請願」が出され、市議会第一委員会において、地元警察署に事情聴取して、当該地点は歩行者数が少ないため直ちに信号機を付けることは難しいが、横断歩道の設置を考えているとの回答を得るなどして審議した結果、昭和五〇年三月一四日、全会一致で請願の趣旨を採択した。そして、昭和五三年一二月一二日、被告県公安委員会によって本件横断歩道が設置された。

(四)  ところで、被告県公安委員会が信号機を設置する手順は、まず、各所轄警察署が道路環境、交通環境などから必要と判断した場合に県警察本部交通管制課に設置の上申があり、同課で現場調査をした後、公安委員会で設置すると決定した場合に現実に工事が行われるというものである。公安委員会においては、本件道路のごとく単路の歩行者保護のための横断歩道の場合、信号機を設置するには、歩行横断者の数、見通し状況、隣接信号機との距離関係、過去における事故数などを考慮するが、本件事故の発生した昭和五四年当時においては、歩行者数は最多時間帯で一時間当たり二〇〇人、年間の人身事故発生件数四件が基準となっていた。

本件現場の横断者は、事故後である昭和五五年三月六日(木曜)の調査結果によれば、一日平均6.5人、最多時間帯で一三人、同年七月一八日(金曜)の調査結果によれば、一日平均8.4人、最多時間帯で一九人であり、本件事故当時も大差はない。本件跨線橋下の踊り場は長さ3.9メートル、幅1.8ないし3.67メートルで、回りに高さ0.9メートルの柵が巡らしてあり、道路に向かって右先端部分の柵に続いて、右側道路端には線路軌道敷との境に高さ0.75メートルのガードレールが設置されている。跨線橋を下りてくる利用者は、本件道路の上下車線を見渡すことができ、本件事故当時、夏期には右軌道敷側に草が繁茂していたが、子供の目の高さである地上約1.2メートルの高さからみても、本件道路を見通すことはさほど困難ではない。さらに、百合ケ丘駅方面から本件道路を進行した場合、緩い左カーブにはいる前に本件跨線橋を望見でき、横断歩道手前五一メートルにあるダイヤマークに達すると、次のダイヤマーク及び横断歩道が確認でき、横断歩道手前三〇メートルにあるダイヤマークに達すると、前方に白線の停止線、横断歩道、左側踊り場及び右側歩道端の人を確認することができる。

以上のような本件現場の状況から、被告県の公安委員会は、県下全般のレベルからみて歩行者数が少なく、当該道路の見通しも悪くないうえ将来横断歩行者数が増える可能性がないという理由で、信号機設置までの必要性がないと判断し、本件横断歩道のみの設置にとどめたのである。

しかし、右横断歩道設置後も、その手前で減速しない車両が多く、歩行者としては、なかなか横断できないという状況にあまり変わりはなく、現に、右横断歩道上において、老女の負傷事故(別表番号4)があり、その二か月半後に本件児童の死亡事故(同表番号5)が発生し、その半月後にも、右横断歩道の手前(下り車線)で負傷を伴う追突事故(同表番号6)の発生をみるに至っている。

(五)  所轄警察署、公安委員会ともに、本件横断歩道への信号機設置の陳情、請願を直接受けたことはない。

(六)  本件現場の午前七時三〇分から午後七時三〇分までの一二時間の車両交通量は、上下車線併せて、前記昭和五五年三月六日の調査結果によれば一万三四五四台(一分間平均に換算すれば18.6台強)、同年七月一八日の調査結果によれば一万四四七八台(一分間平均20.1台)に及んでいる。

(七)  昭和五四年当時、予算上は年間四〇〇基ぐらいの信号機の設置が可能であったが、被告県が実際に設置したのは四〇〇を割っていた。

(八)  本件事故後、昭和五五年一月ころ、被告市は、前記踊り場と本件道路との境に、飛び出し防止の役に立つ防護柵を設置し、同年三月二六日ころ、被告県は、昭和五四年四月と七月に続けて横断歩行者の事故(別表番号4・5)が発生したことに鑑み、本件横断歩道に押しボタン式信号機を設置した。

(九)  本件事故は、石井が加害車を運転し、百合ケ丘駅方面から新百合ケ丘駅方面に向かって時速約四五キロメートルで進行中、前方約四七メートル先に本件横断歩道があり、その左側端に通ずる本件跨線橋の階段のほぼ中腹を駆け下りてくる厳外一名の児童を前方約52.8メートルに認めたものの、約20.3メートル進行した地点で軽くブレーキを踏み、時速約三〇ないし三五キロメートルに減速したのみで漫然と進行し、他方、厳は、右跨線橋の階段を駆け下りるや、駆け足で本件横断歩道に飛び出し、加害車の進路前方を横断しようとしたため、発生した。

3  被告県の責任

以上1、2の事実関係を前提にして、被告県の設置・管理する本件横断歩道に原告ら主張の瑕疵があるといえるかどうかを検討する。

本件現場の横断者は、昭和五五年三月六日には一日平均6.5人、最多時間帯で一三人、同年七月一八日には一日平均8.4人、最多時間帯で一九人であり、本件事故当時も大差なく、昭和五四年当時、被告県が信号機設置の基準としていた最多時間帯で一時間当たり二〇〇人の歩行者に遠く及ばないし、跨線橋を下りてくる利用者は、本件道路の上下車線を見渡すことができ、本件跨線橋下の踊り場からは、夏期には線路軌道敷側に草が繁茂しても、子供の目の高さである地上約1.2メートルの高さから本件道路を見通すことはさほど困難ではなく、本件道路の下り車線からみても、緩いカーブにはいる前に本件跨線橋を望見でき、横断歩道手前五一メートルにあるダイヤマークに達すると、次のダイヤマーク及び横断歩道が確認でき、実際に、石井もそのように認識できたのであるから、見通しは悪くはなく、道交法三八条一項を遵守して進行さえすれば、容易に横断歩道の手前で止まることが可能であったといえる状況なのであって、これらの点から考えると、信号機を設置しなかったからといって、必ずしも横断歩道を横断する者が事故に遭う危険があるとは限らず、被告県の公安委員会において信号機のない横断歩道を設置するにとどめたのも、うなずけないことではないと思われる。

しかしながら、本件道路においては、大型車も含めて車両の通行が頻繁であり、特に百合ケ丘駅方面から新百合ケ丘駅方面に向かって走行する場合には、下り坂であることもあって、本件現場付近では、平均して最高制限時速を一〇キロメートル余も越えて走行し、本件跨線橋を利用する歩行者がいても、横断歩道の手前で減速しない車両が多く、歩行者がなかなか安心して横断できない状況にあったのが現実であるうえ、横断者には、本件道路の南側にある小学校へ行ったり、北側にある山林へ遊びに行く児童の含まれていることが別表記載の事故例からも窺われ、現に、本件横断歩道設置後においても、別表記載のとおり、四か月にして老女が(番号4)、その後三か月にして児童が(番号5の本件事故)、いずれも道路交通上の弱者であるが、右横断歩道上において車両と接触する事故が発生しているのであって、その前後の短期間内に続発している別表記載の他の事故例(番号1ないし3・6)をも併せ考えると、本件横断歩道には、歩行者が安全に横断できない現実の危険が存在したものといわざるをえない。確かに、本件において車両の運転者が道交法三八条一項の規定を遵守していれば、事故の発生する筈がなく、右規定の遵守を要求することが運転者に難きを強いるものでないことはいうまでもないが、実際に、右規定が遵守されると限らないことは、先に認定したとおりであって、本件における石井のごとく、右規定に違背する運転のなされることは、通常の予測の範囲内であるということができよう。営造物責任の前提となる危険は、右の意味で事実に即し、現実に存在するかどうかを検討すべきであると考える。ところで、前記認定によれば、本件事故が発生した昭和五四年当時の予算上信号機の設置が可能であったことは明らかであり、被告県の公安委員会においてこれを設置していたならば、本件のごとき事故の発生を避けえたものというべきである。

そうとすれば、右信号機の設置がない本件横断歩道は、通常有すべき安全性を欠いていたものであり、右横断歩道の設置・管理に瑕疵があったものというべきであるから、その余の判断をするまでもなく、被告県は、国家賠償法二条一項により、右瑕疵があったため生じた本件事故に基づく損害につき、賠償責任を負うものである。

4  被告市の責任

被告市は、道路法一七条一項後段の規定に基づき、道路管理者として、本件道路につき安全かつ円滑な交通の発達に寄与すべく管理権を行使する立場にあったものであるが、本件道路上に存する本件横断歩道には、歩行者が安全に横断できない危険が存在していたこと前記3において説示のとおりであるところ、本件跨線橋付近の住民から昭和四九年六月五日付で、川崎市議会議長に対し、「万福寺内既設横断歩道陸橋延長または信号機設置に関する請願」が出され、市議会第一委員会において審議していて、右危険の存在を容易に予見し、それを回避するのに適切な措置まで示唆されていたのであるから、右道路の管理者たる被告市としては、右危険回避の方策として、信号機設置の権限を有する被告県に対し、本件横断歩道に信号機を設置するように働きかけるべきであり、そうすれば、右設置実現の可能性があったことは、前記3の説示及び本件事故後ではあるが、現に信号機が設置されたことに徴し首肯することができよう。そして、右信号機の設置があれば、本件のごとき事故の発生を避けえたことは、既に説示のとおりである。

そうとすれば、被告市に対する関係で、原告らが主張するその余の危険回避策を論ずるまでもなく、右信号機の設置がない横断歩道の存する本件道路は、通常有すべき安全性を欠いていたものであり、右道路の管理に瑕疵があったものというべきであるから、被告市も、国家賠償法二条一項により、右瑕疵があったため生じた本件事故に基づく損害につき、賠償責任を負うものである。

5  被告小田急の責任

本件跨線橋が民法七一七条一項にいわゆる土地の工作物にあたることは、明らかであるところ、右跨線橋は、前記3において説示のとおり、その利用者が危険な道路横断をせざるをえない位置に設置されているのであり、しかも、その危険性は、これまでの説示に照らし、被告小田急に対する関係でも、通常に予測の範囲内であるといえるから、右工作物の所有者・占有者たる同被告としては、その利用者の安全を図るため、信号機設置の権限を有する被告県に対し、本件横断歩道に信号機を設置するように働きかけ、その設置が実現するまで右跨線橋を閉鎖すべきであり、そうすれば、本件のごとき事故の発生を避けえたことは明らかである。

そうとすれば、被告小田急に対する関係で、原告らが主張するその余の危険回避策を論ずるまでもなく、その利用者が危険な道路横断をせざるをえない本件跨線橋は、通常有すべき安全性を欠いていたものであり、右跨線橋の設置・保存に瑕疵があったものというべきであるから、被告小田急は、民法七一七条一項により、右瑕疵があったため生じた本件事故に基づく損害につき、賠償責任を負うものである。

三請求原因4(損害)について

1  厳の損害

(一)  逸失利益 一七六〇万四三五八円

厳が事故当時満八歳であったことは、当事者間に争いがなく、原告健本人尋問の結果によれば、健康な男子であったことが認められるが、将来大学に進学・卒業する見込みについては、確実な証拠がなく、年齢からいっても不確定要素が強いので、これを前提に考慮することは不適当であるから、平均的稼働開始年齢である一八歳から稼働するものとし、損害が発生した死亡時を基準とすると、本件事故で死亡しなければ一八歳から四九年間は就労可能であり、その間、少なくとも昭和五四年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計男子労働者の全年齢平均年収額である三一五万六六〇〇円と同程度の収入を得ることができ、かつ、その生活費は、収入の五割であると推認することができるから、ライプニッツ方式により年五パーセントの中間利息を控除して、厳の死亡による逸失利益の死亡時の現価を計算すると、一七六〇万四三五八円となる。右説示と異なる原告ら主張の算定方法は、採用できない。

3,156,600×(1−0.5)×11.154=17,604,358

(二)  慰謝料 六〇〇万円

本件事故の態様、厳の死亡時の年齢等諸般の事情を併せ考慮すると、厳の死亡による精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては、六〇〇万円が相当である。

(三)  原告健及び同史子による相続

請求原因1(一)の事実(原告らの身分関係)は、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、厳には、両親である原告健及び同史子の他に相続人がいないことが認められるので、右原告らが法定相続分に従い、厳の右損害賠償債権(合計二三六〇万四三五八円)を各二分の一宛相続により承継した。

1  原告らの固有の損害

(一)  医療費・検案費(原告健・史子) 各一一万二四七五円

原告健本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告健及び同史子は、本件事故による厳の医療費・検案費として各一一万二四七五円を支出したことが認められる。

(二)  葬祭費(原告健・史子) 各二五万円

原告健本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、厳の両親である原告健及び同史子は、厳の葬儀を執り行い、相応の支出を余儀なくされたことが認められるところ、厳の年齢、境遇、家族構成等諸般の事情に照らすと、仏壇等購入費、墓地代も含め、本件事故と相当因果関係に立つ葬祭費の額は、原告らそれぞれについて二五万円と認めるのが相当である。

(三)  慰謝料(原告健・史子) 各二〇〇万円

本件事故の態様、厳死亡時の年齢、厳との身分関係等諸般の事情を考慮すると、厳の死亡によって同人の両親である原告健及び同史子の受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額としては、各二〇〇万円が相当であり、原告由宇子及び同美小子については、相当でないのでこれを認めない。

3  過失相殺

前記認定の本件事故の態様によれば、厳が本件事故に遭遇したことについては、同人が横断歩道を横断しようとしたものであるとはいえ、幹線道路において加害車の動向に全く注意を払うことなく、その進路前方に飛び出したこともその一因をなしていたものと認めることができるから、過失相殺として、原告健及び同史子の損害額、すなわち前記1及び2の合計額各一四一六万四六五四円からそれぞれ相当額を減じて同人らの損害額を算出するに、後記4の示談金の各受領額に達しないといわざるをえない。

4  損害の填補

原告健及び同史子が石井との示談により二五九〇万円を受領したことは、当事者間に争いがなく、これを各二分の一(一二九五万円)宛右3で説示した原告らの損害に充当すると、その残りのないことが明らかである。

四以上の次弟で、原告らの被告らに対する本訴請求は、すべて理由がないから、いずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤邦夫 裁判官関洋子 裁判官村上正敏は転補のため署名・押印することができない。裁判長裁判官佐藤邦夫)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例